いもみの日記

御朱印集めが趣味のOL(お芋好き女子)です。いろんな神社やグルメを紹介します!

日本に一社⁉河童の神様がいる手接神社に行って来ました

こんばんは、いもみ🍠です。


突然ですが、河童はいる(もしくはいた)と思いますか?
個人的には、いて欲しい存在ですね!
本日はそんな河童にまつわる神社についてご紹介します。
場所は茨城県小美玉市与沢にあります。
近くには梶無川が流れていました。
↓場所はこちらです↓

駐車場は神社横に空きスペースがあったので、そちらに停めました。
お手洗いは社務所の隣奥にありました。
自販機はありません。
漬物工場がすぐ側にあるので、すっぱい匂いが充満していました。
これもまた、いい思い出ですね(^ω^)

~創建~

1507年(永正4年)
手接明神の祠が建てられたのは1481年(文明13年)

~御祭神~

罔象女命(みずはのめのみこと)
 大巳貴命(おおなむちのみこと)
 少彦名命(すくなひこなのみこと)

 

~ご利益~

手の病に特化しているといわれています。


では境内のご紹介です(=゚ω゚)ノ
…の前に、神社に向かう途中に大きな看板がありました!

この道を行くと神社に辿り着きます。
御朱印の案内の看板があって、この日が偶然御朱印受付日だったのを知り、一人興奮していましたヽ(^o^)丿ヤッター


神社に到着!!
参道には大きな杉の木がありました。

鳥居と左手には手水舎、そしてその奥の建物が社務所になっています。

河童の像の下には、七郎河童のお話が書かれていました。


「その昔※芹沢隠岐守俊幹というお殿様がいて、梶無川の岸を愛馬で散歩をしていると、馬が突然足をふんばっても進みません。俊幹は怪しいと思い振り向いてみると、つる草のような髪をふり乱した河童が馬の尾尻を引っ張っていたので、俊幹は剣を抜いて河童の手を切り落とし、その手を持って館に帰りました。
その夜、俊幹の枕元に少年のような河童が表れ、涙を流しながら言いました。
「私はこの梶無川に棲む七郎河童です。いたずらにお殿様のお馬を驚かし、このように手を失ってしまいました。とても反省をしております。ただ心配なのが、老いたる母の事です。手が無くては、お世話をすることができません。どうかお慈悲をもって手をお返ししてくれないでしょうか?手はつなぐことができます。返していただけた暁には、毎日魚を献上いたします。そして、先祖代々から伝わる秘伝の薬の作り方をお教えします。」と誓い、俊幹は河童の親を思う気持ちを汲み取り、「これからは悪戯をしてはいけないぞ」と諭し、手を返しました。
河童は約束通り、薬の秘法ときりすね等を俊幹に伝えました。翌日からは、館の庭の梅の枝に2匹の魚を届け続けました。人々はそのこの庭木を魚掛梅と呼んでいたのですが、数年たったある日から魚の届けが絶えました。
次の日、俊幹が川に行ってふと水面を見ると、河童が泡を吹きだして死んでいました。哀れに思った俊幹は祈念しました。すると、河童の遺体は川上へと逆流していきました。
遺体が川上の与沢に流れ着くと、芹沢氏家臣の孫衛門に見つけられました。
知らせを受けた俊幹は深く憐れみ、川のほとりに小さな祠を建て『手接明神』と呼ばれるようになりました」


※芹沢隠岐守俊幹は新撰組の芹沢鴨の祖先だった?
河童の妙薬『家伝 筋渡薬(すじわたしのくすり)』の伝説の主人公は、昔、この地区を治めていた芹澤隠岐守俊幹というお殿様です。芹沢家に伝えられた河童の妙薬は、「筋渡し薬」として代々伝わり、江戸時代の時は、水戸藩からも由緒正しい薬としてお墨つきとなり、全国の諸大名にも愛用されて、お礼の手紙なども伝わっているようです。薬は、平成21年まで、石岡の医院で希望者にわけていたとのことです。

狛犬です。まだ新しいのかな?


拝殿は扉のない壁で覆われた造りでした。

お賽銭箱が無いと思ったら、この中に入れて下さいという掲示が。
お賽銭泥棒対策かもしれません。
中には河童がいるのかな('ω')
中を覗いたのですが、真っ暗で何も見えませんでした(;^ω^)

きりすね」が気になりますね。
きりすねは糸を束ねたものみたいです。
ミサンガを彷彿させます。

扁額です。

年季の入った奉納品も飾ってありました。

こちらが本殿です

参道脇には境内社がありました。

私たちは参拝後、御朱印を頂きに社務所へ行きました。

頂いた御朱印がコチラです。
ネットでは御朱印は無いとあったので、頂けるとわかりとてもハッピーでした✨
御朱印の対応日が毎月第2、第4日曜日で、偶然にもこの日は第2日曜日!
もしかしたら、河童の神様に導かれたかもしれません(・∀・)ウレシイ!!
河童と飛行機が組み合わさった斬新な御朱印です!
初穂料は500円でした。


以上で『手接神社』についてのご紹介はおしまいですm(__)m
河童の伝承がある神社に参拝できて、感動しました(´▽`)
しかも七郎河童のお話には、あの新撰組で活躍したダークヒーロー的な存在の芹沢鴨のご先祖様が関係していたとは!
調べれば調べるほど、奥が深い手接神社でした。


ここまで読んで頂きありがとうございました_(..)_
本日のおまけは一番下にあります。

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本日のオマケ
手接神社に行った次の日の事でした。
家具店に用事があって買い物を済ませたら、ランチ時になってしまい、どこで食べようかなと悩んでいたら、たまたま家具店の側に「かっぱ寿司」があって入店することにしました。
これも河童のイタズラなのでしょうか(⌒∇⌒)