いもみの日記

御朱印集めが趣味のOL(お芋好き女子)です。いろんな神社やグルメを紹介します!

『古事記』本文上巻㉓~神生み(2)~

こんばんは、いもみ🍠です。
本日は、『『古事記』本文上巻㉓~神生み(2)~』のご紹介です。

こんばんは、アキです。
主に翻訳と解説を担当しています。

【前回のあらすじ】
この様に国々を生み終えたイザナギとイザナミは続いて、神をお産みになりました。
それらお産みになった神々の名は…
初めに大事忍男(おほことおしをの)神。
次に石土毘古(いはつちびこの)神をお生みになりました。
(註:【石】は【伊波(いは)】と読みます。また【毘古】の二字は音読みを用いて【びこ】と読みます。以下もこれに倣い読んで下さい)
次に石巣比賣(いはすひめの)神をお生みになりました。
次に大戸日別(おほとひわけの)神をお生みになりました。
次に天吹男(あめのふきをの)神をお生みになりました。
(註:天吹男の【吹】は上声です。高く発音して下さい)
次に大屋毘古(おほやびこの)神をお生みになりました。
次に風木津別忍男(かざもつわけのおしをの)神をお生みになりました。
次に海の神をお生みになり、名を大綿津見(わたつみ)の神といいます。
次に水戸(みなと=港)の神、名は速秋津日子(はやあきつひこの)神をお生みになりました。
次に速秋津日子神の妹神である速秋津比賣(はやあきつひめの)神をお生みになりました。
(大事忍男の神より秋津比賣の神まで併せて10柱です)

昨日も書きましたが、神生みのお話で登場する神々は、大きく4つのグループに分けられています。
今回は新たに8柱の神々が誕生します。

『古事記』本文上巻㉓~神生み(2)~

【原文と読み方】
【原文】
此 速秋津日子 速秋津比賣 二神
因河海 持別而 生神名 
沫那藝神
(那藝二字以音 下效此)
次 沫那美神
(那美二字以音 下效此)
次 頰那藝神
次 頰那美神
次 天之水分神
(訓分云久麻理 下效此)
次 國之水分神
次 天之久比奢母智神
(自久以下五字以音 下效此)
次 國之久比奢母智神
(自沫那藝神至國之久比奢母智神 并八神)


【読み方】
この速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比賣(はやあきつひめの)二神
河海(かわうみ)によりて持ち別(わ)けて生みたまふ神の名は
沫那藝(あわなぎの)神
(【那藝】の二字は音を以(もち)いる 下も此れに效(なら)う)
次に沫那美(あわなみの)神
(【那美】の二字は音を以(もち)いる 下も此れに效(なら)う)
次に頬那藝(つらなぎの)神
次に頬那美(つらなみの)神
次に天水分(あめのみくまりの)神
(【分】を訓み、久麻理(くまり)と云(い)う 下も此れに效(なら)う)
次に國之水分(くにのみくまりの)神
次に天久比奢母智(あめのくひざもちの)神
(【久】自(よ)り以下の五字は音を以(もち)いる 下も此れに效(なら)う)
次に國久比奢母智(くにのくひざもちの)神
(沫那藝の神より國の久比奢母智の神まで并(=あわ=併)はせて八神)

【訳】
この速秋津日子(はやあきつひこ)と速秋津比賣(はやあきつひめの)の二柱の神が、河と海とでそれぞれに分けてお生みになった神々の名は…
初めに沫那藝(あわなぎの)神。
(註:【那藝】の二字は音読みを用いて【なぎ】と読みます。以下もこれに倣い読んで下さい)
次に沫那美(あわなみの)神をお生みになりました。
(註:【那美】の二字は音読みを用いて【なみ】と読みます。以下もこれに倣い読んで下さい)
次に頬那藝(つらなぎの)神をお生みになりました。
次に頬那美(つらなみの)神をお生みになりました。
次に天水分(あめのみくまりの)神をお生みになりました。
(註:【分】は【久麻理(くまり)】と読みます。以下もこれに倣い読んで下さい)
次に國之水分(くにのみくまりの)神をお生みになりました。
次に天久比奢母智(あめのくひざもちの)神をお生みになりました。
(註:「天久比奢母智」の【久】の字から以下の五字は音読みで【くひざもち】と読んで下さい。以下もこれに倣い読んで下さい)
次に國久比奢母智(くにのくひざもちの)神をお生みになりました。
(註:沫那藝の神より國の久比奢母智の神まで併せて8柱です)

【解説】
今回の文は前回と同じ構成なので、詳細は省略します。
なので、「今回のポイント」と「読みずらいかな~?」と思う所だけ触れますね。
各神々については下でも書いていますので、そちらも併せてご覧いただければと思います。

今回のポイントについて
下の2点を頭に入れて読むと、より分かりやすいかな~と思います。

・古事記の神生みのシーンですが、実は今回登場する8柱の神々はイザナギ・イザナミの2神が生んだのではなく、速秋津日子と速  秋津比賣が生んだのです。
・今回登場するのは河と海とでそれぞれに生まれた神々、つまりこの8柱は【水に関わる神】なのです。

読みずらいかな~?と思う箇所について
因河海 持別而 生神名

「沫」は「あわ」と読みます。
「泡」のことでしょうか。

「頬」は「ほほ」ではなく「つら」と読むそうです。
「水面」を意味していると考えられています。

「水分」は「すいぶん」ではなくて「水を分ける」と読みます。
つまり「配水」を意味していると考えられています。

「久比奢母智」は太安万侶の注釈を読んでから出ないと訳せません。
注釈には「自久以下五字以音 下效此」とあります。
これを「【久】自(よ)り以下の五字は音を以(もち)いる 下も此れに效(なら)う」と読みました。
訳すと「天久比奢母智」の【久】の字から以下の五字は音読みで【くひざもち】と読んで下さい。以下もこれに倣い読んで下さい」となると思います。

じゃあ、「久比奢母智(くひざもち)」ってなんだ?となりますよね。
「くひざもち」とは「水をくむ瓢箪」という意味です。
あたかも「私知ってました」風に話をしていますが、勿論調べて知りました~♪

以上、「読みずらいかな~?と思う箇所について」の補足でした<(_ _)>
これで読みづらい箇所がある場合は、前回の文を読んで下さいね。


【神生みで誕生した神々②】

沫那藝(あわなぎの)神
➩「沫」は「泡」の事と思われます。
「那藝」は「凪」のことでしょうか。
この後誕生する「沫那美(あわなみの)神」は「妹」という表記は無いのですが、名前が「アワナギ・アワナミ」と似ているので男女一対の神であると思われます。
なので男神でしょう。

沫那美(あわなみの)神
➩「那美」は「波」の事と思われます。
(多分)兄神の沫那藝が「凪=穏やかな様子」を表わすのに対し、(多分)妹神の沫那美は「波=波立っている様子」とそれぞれ静動を表わしているのでしょう。
女神です。

頬那藝(つらなぎの)神
➩「頬」は「ほほ(ほお)」ですが、ここでは「つら」と読ませるそうです。
「頬」の読み方については、色々検索してみたのですが「つら」と読む、と書かれたものは見つからずややシックリ来ないのですが…。
この「頬(つら)」は借字で、「水面」を表わす言葉だとか。
「頬=水面」、「那藝=凪」で「水面が穏やかな様子」となれば、少し納得出来ました。
男神です。

頬那美(つらなみの)神
➩古事記には妹神の記載はありませんが、名前で女神と分かりますね。
上でも書きましたが「頬=水面」、「那美=波」で「水面が波立っている様子」でしょうか。

天水分(あめのみくまりの)神
➩「山頂の水の分配」を司る神と言われます。
「水分」は「すいぶん」ではなくて「水を分ける」、つまり配水を意味していると考えられています。
性別は不明です。

國之水分(くにのみくまりの)神
➩天水分神と対をなす神様です。
「天」「國」と別れていますが、この違いについては諸説ありそれぞれ何を意味しているのかは良くわかっていません。
性別は不明です。

天久比奢母智(あめのくひざもちの)神
➩「久比奢母智(くひざもち)」は「水をくむ瓢箪」という意味があります。
そのため「灌漑」を司る神様ではないか、という説があります。
性別は不明です。

國久比奢母智(くにのくひざもちの)神
➩天久比奢母智神と対をなす神様です。
同じく「灌漑」を司る神様ではないか、と考えられています。
性別は不明です。

【まとめ】

重要なポイントは、今回登場した8柱の神々は【速秋津日子(はやあきつひこ)と速秋津比賣(はやあきつひめの)の二柱の神が生んだ神である】という点です。
うっかり読み進めていると、イザナギ・イザナミが生んだのかと錯覚してしまいますね。

もう一つのポイントは、速秋津日子と速秋津比賣の生んだ神々は全て【水に関わる神】という点ですね。

以上で『古事記』本文上巻㉓~神生み(2)~のご紹介はおしまいです。

次回は『古事記』本文上巻㉔~神生み(3)~をご紹介する予定です。

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『古事記』本文上巻㉒~神生み(1)~

こんばんは、いもみ🍠です。
本日は、『『古事記』本文上巻㉒~神生み(1)~』のご紹介です。

こんばんは、アキです。
主に翻訳と解説を担当しています。

【前回のあらすじ】
更に次は女島(ひめじま)をお産みになられました。
この女島は、またの名を天一根(あめひとつね)と言います。
更に次は知訶島(ちかのしま)をお産みになられました。
この知訶島は、またの名を天忍男(あめのおしを)と言います。
更に次は兩兒島(ふたごのしま)をお産みになられました。
この兩兒島は、またの名を天兩屋(あめのふたや)と言います。
(註:上記の様にイザナギ・イザナミが大八島国以降にお産みになった島は、吉備兒嶋(きびのこじま)から天兩屋嶋(あめのふたや)まで併せて6島あります)

イザナギ・イザナミの結婚によって、大八島国と6島の計14島が誕生しました。
この国生みの後、いよいよ神生みが始まります。
...がっ!読み物としては、ハッキリ言いますとあまり面白くありません。
ほぼ馴染みが無く、ほぼ二度と登場せず、ほぼエピソードが無い神様の名前が綴られるだけなのです。
ココは正直サラッと読み流す程度でいいのではないか??と思う程です。
これから紹介する神々は、古事記では大きく4つのグループに分けられています。
本日からこのグループを1つずつ紹介していこうと思います。

『古事記』本文上巻㉒~神生み(1)~

【原文と読み方】
【原文】
既生國竟 更生神 故生神名
大事忍男神
次生 石土毘古神(訓石云伊波 亦毘古二字 以音下效此也)
次生 石巢比賣神
次生 大戶日別神
次生 天之吹(上)男神
次生 大屋毘古神
次生 風木津別之忍男神(訓風云加邪 訓木以音)
次生 海神 名大綿津見神
次生 水戶神 名速秋津日子神
次 妹 速秋津比賣神
(自大事忍男神至秋津比賣神并十神)

【読み方】
既に國を生み竟(お)えて 更に神を生みたまひきかれ 故(かれ)生みたまう神の名は
大事忍男(おほことおしをの)神
次に石土毘古(いはつちびこの)神を生みたまひ
(【石】を訓(よ)み、【伊波(いは)】と云(い)う 亦(また)【毘古】の二字は音を以(もち)いる 下も此(こ)れに效(なら)う也)
次に石巣比賣(いはすひめの)神を生みたまひ
次に大戸日別(おほとひわけの)神を生みたまひ
次に天吹男(あめのふきをの)神を生みたまひ
(【吹】は上声)
次に大屋毘古(おほやびこの)神を生みたまひ
次に風木津別忍男(かざもつわけのおしをの)神を生みたまひ
次に海の神、名は大綿津見(おほわたつみの)神を生みたまひ
次に水戸(みなと)の神、名は速秋津日子(はやあきつひこの)神を生みたまひき
次に妹、速秋津比賣(はやあきつひめの)神を生みたまひき
(大事忍男の神より秋津比賣の神まで并(あわ)せて十神)

【訳】
この様に国々を生み終えたイザナギとイザナミは続いて、神をお産みになりました。
それらお産みになった神々の名は…
初めに大事忍男(おほことおしをの)神。
次に石土毘古(いはつちびこの)神をお生みになりました。
(註:【石】は【伊波(いは)】と読みます。また【毘古】の二字は音読みを用いて【びこ】と読みます。以下もこれに倣い読んで下さい)
次に石巣比賣(いはすひめの)神をお生みになりました。
次に大戸日別(おほとひわけの)神をお生みになりました。
次に天吹男(あめのふきをの)神をお生みになりました。
(註:天吹男の【吹】は上声です。高く発音して下さい)
次に大屋毘古(おほやびこの)神をお生みになりました。
次に風木津別忍男(かざもつわけのおしをの)神をお生みになりました。
次に海の神をお生みになり、名を大綿津見(わたつみ)の神といいます。
次に水戸(みなと=港)の神、名は速秋津日子(はやあきつひこの)神をお生みになりました。
次に速秋津日子神の妹神である速秋津比賣(はやあきつひめの)神をお生みになりました。
(大事忍男の神より秋津比賣の神まで併せて10柱です)

【解説】
既生國竟 更生神 故生神名
「竟」はこれまでも登場してきた文字ですね。
読み方は「お(わる)」です。
意味も「竟=終」という認識で良いと思います。

ですので「既生國竟」は「既に國を生み竟(お)えて」と読みました。
「既に」はこのままでも良かったんですが、読みづらいな...と思って「物事が済んでしまった」意味で使い、
「この様に国々を生み終えて~」と訳してみました。

「更生神」は「更生した神様」ではありません💦(⇦私は一瞬「更生した神」と読んでしまいました💦)
読み方は「更に神を生む」でしょう。
「国生みに続いて、更に神様を生んだ」という事を言いたいのでしょう。

「故生神名」は「故(かれ)生みたまう神の名は」で良いと思います。
この後、イザナギ・イザナミの生んだ神々の名がズラ~~~ッと並びます。
ハッキリ言って、全く面白くないです…。


次生 石土毘古神(訓石云伊波 亦毘古二字 以音下效此也)
(訓石云伊波 亦毘古二字以音 下效此也)は太安万侶の注釈です。
これを読むと…
「【石】を訓(よ)み、【伊波(いは)】と云(い)う 亦(また)【毘古】の二字は音を以(もち)いる 下も此(こ)れに效(なら)う也」
でしょうか。

これは「石土毘古神(いはつちびこの)」の読み方の注釈なのです。
意味は
①【石】の字は【伊波(いは)】と読みますよ
②【毘古】の二字は音読みを用いますよ➩音読みで「びこ」と読む
③以下、また同じ言葉が出てきたら同じように読みますよ
...という事を言っています。

次生 水戶神 名速秋津日子神
「水戶神」は「水戸(みと)の神」!?
...ではありません。
「水戸」=「みなと」=「港」の神です。

【神生みで誕生した神々①】

大事忍男(おほことおしをの)神
➩神生みで一番最初に誕生した神。男神です。
これから「神生みという大事が多く(=おおし=おし=忍)起きる」という意味でしょうか…?

石土毘古(いはつちびこの)神
➩男神です。
名前から「石や土」を司る神なのでしょう。

石巣比賣(いはすひめの)神
➩比賣(ひめ=姫)とあるように女神です。
「砂」を司る神といわれています。

大戸日別(おほとひわけの)神
➩性別が分からない神様です。
「門」を司る神と言われています。

天吹男(あめのふきをの)神
➩男神です。
「屋上」を司る神と言われています。

大屋毘古(おほやびこの)神
➩同一神格とされる神が存在します。
再登場する神様なので、覚えておきたいですね。
ちなみに毘古は「比古・彦」と共に男神の名です。
「 家屋・木」を司る神と言われています。

風木津別忍男(かざもつわけのおしをの)神
➩「木」の読み方が「き」なのか「もつ」なのか諸説ある神様。
「風木=かざもつ」と読む場合、風にもつ➩風が吹いても持ちこたえる➩「風害を防ぐ神様」という説があります。
男神です。

※ここまでの②~⑦までの神々はそれぞれ「石や土・砂・門・屋上・家屋や木・風害を防ぐ」を司っていることから、住宅に関係のある神様であるとして、家宅六神(かたくろくしん)とも呼ばれます。

大綿津見(おおわたつみ)の神
➩「綿(わた)」は海を意味します。
「津(つ)」は現在の「~の」です。
「見(み)」は精霊を意味します。
なので「綿津見(わたつみ)」とは「海の霊」を意味します。
古事記では「海神」とあるが性別の記載はありません、性別は不明です。

速秋津日子(はやあきつひこの)神
➩男神です。
妹神である速秋津比賣(はやあきつひめの)神と共に、男女一対の神として生まれます。
上でも書きましたが「水戸」は「みと」ではなく「みなと」と読みます。
「港、水門」を司る神様です。

速秋津比賣(はやあきつひめの)神
➩女神です。
兄神である速秋津日子(はやあきつひこの)神と共に、男女一対の神として生まれます。
兄と同じく「港、水門」を司る神様です。

【まとめ】

以上が神生みで最初に誕生した10神です。
「土・風・木・家・海」と人の営みに欠かせないものの神様が初めに誕生させたのかな...?という印象を受けました。
ここに「火」が入っていないのは少し違和感を覚えましたが、皆様はどう思われますか??

以上で『古事記』本文上巻㉒~神生み(1)~のご紹介はおしまいです。

次回は『古事記』本文上巻㉓~神生み(2)~をご紹介する予定です。

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『古事記』本文上巻㉑~国生み(8)~

こんばんは、いもみ🍠です。
本日は、『『古事記』本文上巻㉑~国生み(8)~』のご紹介です。

こんばんは、アキです。
主に翻訳と解説を担当しています。

【前回のあらすじ】
イザナギ・イザナミが天界からお帰りになった後、2神はまず大八嶋国をお産みになられましたが、その後も更に吉備兒島(きびのこじま)をお産みになられました。
この吉備兒島は、またの名を建日方別(たけひがたわけ)と言います。
更に次は小豆島(あづきしま)をお産みになられました。
この小豆島は、またの名を大野手比賣(おおのでひめ)と言います。
(註:大野手比賣の【手】は上声です。高い音で発音して下さい)
更に次は大島(おおしま)をお産みになられました。
この大島は、またの名を大多麻流別(おおたまるわけ)と言います。
(註:大多麻流別の【麻】は上声です。高い音で発音して下さい)
(註:大多麻流別の【多】から【流】までは音読みを用います)

「国生み」はまだ終わりません。
一段階目は大八島国という日本列島の完成がポイントでした。
これに続く6島は、海上交通の要衝という共通点があります。
また古事記と日本書記ではこの国生みの島や、順序が違うのも面白い点です。
編纂者によって重要な島が異なるとも言えるからです。
では、いよいよ国生みの最終章です。

『古事記』本文上巻㉑~国生み(8)~

【原文と読み方】
【原文】
次生 女嶋 亦名謂天一根(訓天如天)
次生 知訶嶋 亦名謂 天之忍男
次生 兩兒嶋 亦名謂 天兩屋(自吉備兒嶋至天兩屋嶋并六嶋)

【読み方】
次に女島(ひめじま)を生みたまひき
亦(また)の名は天一根(あめひとつね)と謂(い)う
次に知訶島(ちかのしま)を生みたまひき
亦(また)の名は天忍男(あめのおしを)と謂(い)う
次に兩兒島(ふたごのしま)を生みたまひき
亦(また)の名は天兩屋(あめのふたや)と謂(い)う
吉備兒嶋(きびのこじま)自(よ)り天兩屋嶋(あめのふたや)に至(いた)るを并(あわ=併)せて六嶋なり

【訳】
更に次は女島(ひめじま)をお産みになられました。
この女島は、またの名を天一根(あめひとつね)と言います。
更に次は知訶島(ちかのしま)をお産みになられました。
この知訶島は、またの名を天忍男(あめのおしを)と言います。
更に次は兩兒島(ふたごのしま)をお産みになられました。
この兩兒島は、またの名を天兩屋(あめのふたや)と言います。
(註:上記の様にイザナギ・イザナミが大八島国以降にお産みになった島は、吉備兒嶋(きびのこじま)から天兩屋嶋(あめのふたや)まで併せて6島あります)

【解説】
前回に引き続き、イザナギ・イザナミによって誕生した島々の紹介となっています。
これらの島々の紹介は下記にあります。

訳としては前回と同じ構成なので特に解説は必要ないと思うのですが、太安万侶の注釈(自吉備兒嶋至天兩屋嶋并六嶋)だけは読みずらいかもしれませんので触れておきます。

読むにあたってのポイントは【自~至】でしょう。
これは以前もご説明しましたが、【自A至B】で【A自(よ)りBに至る】と読んで、【AからBまで】という意味です。

なので「吉備兒嶋天兩屋嶋」は「吉備兒嶋から天兩屋嶋まで」という意味です。

「并六嶋」は「併せて6島」なので、(自吉備兒嶋至天兩屋嶋并六嶋)は直訳すると「吉備兒嶋から天兩屋嶋まで併せて6島です」で良いと思います。
ただ、この注釈はわざわざ付けなくても、直前の文でわかりますよね?
注釈をつけた理由は、大八島国が生まれた後も島々を生み続けたのを強調したかったのかな?と思いました。

なので、私の訳では念のため主語なども入れ「(註:上記の様にイザナギ・イザナミが大八島国以降にお産みになった島は、吉備兒嶋(きびのこじま)から天兩屋嶋(あめのふたや)まで併せて6島あります)」と訳しました。

女島(ひめじま)について

女島=姫島だと思って「姫島」で検索すると、大分県の北東部の姫島村がヒットしました。
東には大島(屋代島)があるし、瀬戸内海を東から西の順番で登場しているのでどうやら「女島(ひめじま)」とは大分県姫島村の事を指している様です。
※「女島」と名の付く嶋はいっぱいあるので、諸説あります。

別名の「天一根(あめひとつね)」ですが、意味を考えると単純に「天の土台の一つ」で良いんじゃないのかな?と思います。
つまり6島は交易などの海上交通の要所に位置していて、その一島々々が「交通の土台=拠点」と考えれば、女島こと天一根は「その拠点のうちの一つの島だった」ので、そういう別名が付けられた...で、シックリ来ます。

知訶島(ちかのしま)について

グーグルマップで「知訶島」と検索すると下の様になりました。
※「知訶島」の名で貼り付けられないので、中央に位置していた「漁生浦島」で地図を貼りました。
「知訶島」とはどうやら長崎県五島列島を指している様です。

別名の「天忍男(あめのおしを)」について、何故このような名が付いたのか考えてみました。
...ですが「忍」の意味が「隠れる、我慢する」以外に見当たりません。

そこで読み方で意味を考えてたら...
①「忍=おし」か~…
②五島列島、島多いよなぁ…
③ん?「忍=おし=多し」じゃね?
と、確信は無いけどなんかシックリきた!!

なので「天忍男(あめのおしを)」は「天の島の多い島」という感じの意味だったのかなぁ...?と想像しています。
※あくまで個人の感想です<(_ _)>

兩兒島(ふたごのしま)について

「兩兒島」「ふたごのしま」とグーグルマップで検索しても、サッパリ出てきません。
でも【東から西へ島を紹介している法則】に従い、五島列島から西を見て行くと…ありました!
「男女群島」
「ふたごのしま」っぽい名前でピッタリだし!...島は沢山あって「ふたご」じゃないけど…。

別名の「天兩屋」について調べてみた所、「天兩」とは「両天➩晴天と雨天」を指していることが分かりました。
「屋」は「家・屋根」の意味で良さそうなので、「晴天と雨天のある家屋(島)」みたいな意味なのかな?と考えています。

国生みについて

こんな感じで、①イザナギ・イザナミの結婚➩②国生み➩③神生み、の②までが終わります。

もう一度ザックリ振り返ると、
1.大八島国が生まれます。
順番は淡路島➩四国➩隠岐島➩九州➩壱岐島➩対馬➩佐渡島➩本州。
まずこれら8つの島が生まれたので、日本の国は大八島国と言います。

2.六島が生まれます。
順番は吉備兒島➩小豆島➩大島➩女島➩知訶島➩兩兒島。
これらの島は当時重要な海上交通の要衝であったと思われます。
紹介の順番は基本的に東から西になっています。
黒曜石が採れた島か、若しくは黒曜石の交易が関わっていた可能性も。

以上で『古事記』本文上巻㉑~国生み(8)~のご紹介はおしまいです。

次回は『古事記』本文上巻㉒~神生み(1)~をご紹介する予定です。



ここまで読んで頂きありがとうございました_(..)_
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本日のオマケ

『古事記』本文上巻⑳~国生み(7)~

こんばんは、いもみ🍠です。
本日は、『『古事記』本文上巻⑳~国生み(7)~』のご紹介です。

こんばんは、アキです。
主に翻訳と解説を担当しています。


【前回のあらすじ】
まずこの八つの島が生まれたましたので、日本の国は大八嶋國(おおやしまのくに)と言うのです。

「日本の国は大八嶋國(おおやしまのくに)と言う」。
これを知っている日本人は、どれくらいの割合なのでしょうか?
正直言って私は高校生に教わるまで、全く知りませんでした。
…え?私の学歴の問題では?ってことですか??
いいえ、自慢ですけど私は県内有数の進学校に通っていましたけど、何か??(←不遜な態度)
今や未来を知るのは大切なことですけど、過去を知ることもまたとっても大事な事だと思います。
そんなこんなで、国生みの続きです。
(長すぎでしょ…💦)


『古事記』本文上巻⑳~国生み(7)~

【原文と読み方】
【原文】
然後 還坐之時 生 吉備兒嶋 亦名謂 建日方別
次生 小豆嶋 亦名謂 大野手(上)比賣
次生 大嶋 亦名謂 大多麻(上)流別(自多至流以音)

【読み方】
然(しかる)後、還り坐(ま)す時に、吉備兒島(きびのこじま)を生みたまひき
亦(また)の名を建日方別(たけひがたわけ)と謂(い)う
次に小豆島(あづきしま)を生みたまひき
亦(また)の名は大野手比賣(おおのでひめ)と謂(い)う
(【手】は上声)
次に大島(おおしま)を生みたまひき
亦(また)の名は大多麻流別(おおたまるわけ)と謂(い)う
(【麻】は上声)
(【多】自(よ)り【流】に至るは音を以いる)


【訳】
イザナギ・イザナミが天界からお帰りになった後、2神はまず大八嶋国をお産みになられましたが、その後も更に吉備兒島(きびのこじま)をお産みになられました。
この吉備兒島は、またの名を建日方別(たけひがたわけ)と言います。
更に次は小豆島(あづきしま)をお産みになられました。
この小豆島は、またの名を大野手比賣(おおのでひめ)と言います。
(註:大野手比賣の【手】は上声です。高い音で発音して下さい)
更に次は大島(おおしま)をお産みになられました。
この大島は、またの名を大多麻流別(おおたまるわけ)と言います。
(註:大多麻流別の【麻】は上声です。高い音で発音して下さい)
(註:大多麻流別の【多】から【流】までは音読みを用います)

【解説】
然後 還坐之時 生 吉備兒嶋 亦名謂 建日方別
「然後 還坐之時」は「然(しかる)後、還り坐(ま)す時に」と読みました。
訳としては「その後お帰りになった時に~」で良いかと思います。

相変わらず主語が無く、更に「どこから帰った後だ?」と疑問が出てしまう方もいると思いますけど、文面から...
主語は「イザナギ・イザナミ」で、不具の子が生まれた事を天界に相談に行ってるので「天界から帰った後」という事になると思います。

天界から帰った後、イザナギ・イザナミは大八嶋国を生んだことは前回まででご説明しました。
この文は大八嶋国誕生後も2神が更に生み続けた、という事を言いたいのだと思います。

なので訳は「その後お帰りになった時に~」では弱いので、「イザナギ・イザナミが天界からお帰りになった後、2神はまず大八嶋国をお産みになられましたが、その後も更に~(嶋をお産みになりました、と続く)」という感じで訳してみました。

【吉備兒嶋(きびのこじま)について】

→吉備の国は現在の岡山県・広島県東部です。
グーグルマップをご覧ください。

「あれ?嶋じゃない...?」と思われるかと思います。
そうなんです、実は吉備兒嶋は江戸時代の干拓事業によって陸続きとなり、【児島半島】となっちゃってるんです!

日本の国生みで9番目に登場しているのに、現在は無いなんて...。
とはいえ、重要な海洋交通路であったようです。
地理的に見れば、瀬戸内海の真ん中に位置し、西国・四国などとを結んでいたであろうことから、古事記でも重要な島として大八嶋国の直後に登場しているのでしょう。

ちなみに日本書記の国生みにも吉備兒嶋(吉備子洲)が登場しますが、こちらではより重要視されているのでしょう...吉備兒嶋は大八嶋国(大八洲)の一つに数えられています。

「吉備兒嶋 亦名謂 建日方別」とは「吉備兒嶋はまたの名を建日方別(たけひがたわけ)と言う」という意味です。
ここでは「建日方別(たけひがたわけ)」の意味を考えてみます。

まず「建」は「健」のことでしょう。
古代において「健」は「猛々しい、勇猛」という意味でした。
次に「日方」ですが、調べてみた所「日のある方から吹く風、夏の季節風」という意味であることが分かりました。
あいにく気象に関して疎いので、夏に瀬戸内海に吹く風がどの方面からの風なのは分かりませんが、意味としては「吉備兒嶋は【夏に日のある方から猛々しい風が吹く嶋】」であるかと思います。

多分ですけど昔から瀬戸内海の吉備兒嶋周辺は、夏になると季節風が吹き荒れることがあったのでしょう。
それでこういう別名があるのだと思います。


次生 小豆嶋 亦名謂 大野手(上)比賣
ここは前文と同じですので訳は簡単です。
「更に次は小豆島(あづきしま)をお産みになられました。この小豆島は、またの名を大野手比賣(おおのでひめ)と言います」で良いと思います。

(上)は何回も登場しています。
これは太安万侶の注釈で【上声(じょうしょう)】の略語です。
上声というのは発音方法です。
強いて訳すと「高い音で発音してね!」ってことです。

つまり大野手比賣(おおのでひめ)を読むときは、手の部分だけ「高い音で発音してね!」と言っているのです。
ま~ぶっちゃけ訳す時には必要ない注釈なんですけどね…。
って訳で(註:大野手比賣の【手】は上声です。高い音で発音して下さい)と訳しました。

【小豆島(あづきしま)について】

さて...小豆島です。
また地図を用意しました。ホント、グーグルマップって便利♪
小豆島は香川県です。
なお小豆島は現代では「しょうどしま」、古事記に登場するのは「あづきしま」と読むので混同しないよう気を付けましょう

こちらも瀬戸内海の重要な海洋交通路であったことは、容易に想像できると思います。
ここでも「大野手比賣(おおのでひめ)」の意味を考えてみたいと思います。

まず「比賣」ですが、これは「ひめ=姫」ですから、つまり女神という事ですね。
「大」は「大きさ」というより、より正確に言えば「尊称・敬称」の意味で使われている言葉でしょう。

なので「野手」さえ分かれば、簡単ですね♪
...と思ったのですが「野手」で検索しても野球の「野手(やしゅ)」に引っ掛かってしまい...一応「野手(のて)」は「秣(まぐさ=飼い葉のこと)に課す江戸時代の雑税」と出たのですが、いやいやこれ江戸時代の1000年前の話だから!違うやん!!と完全に行き詰りました。

なので、いもみの日記では「大野手比賣(おおのでひめ)」の意味は分かりませんでした!という結論にしてしまいました…<(_ _)>💦

意味は分からなかったけど、引っ掛かるのは【何故より遠い吉備兒嶋の誕生が先で、淡路島の隣の島である小豆嶋が後なのか?】です。
国生みでは徐々に西に向かって産まれているので、何で一度東に向かったのかが気になる...。

う~ん...地図とにらめっこしながら考えましたけど、これも意味不明です。
分かりませんでした、お手上げです!
モヤモヤする~…。


次生 大嶋 亦名謂 大多麻(上)流別(自多至流以音)
ここも前文と同じですので訳は簡単です。
「更に次は大嶋(おおしま)をお産みになられました。この大嶋は、またの名を大多麻流別(おおたまるわけ)と言います」で良いと思います。

ここも太安万侶の注釈(自多至流以音)が付いていますね。
この構文も以前ご説明しましたが、おさらいしますと…
「自」は「~よ(り)」と読みます。
範囲を表わしています。

次に「至」はそのまま「~に至る」です。
つまり「自A至B」で「AからBまで」という意味です。

だから(自多至流以音)は「【多】自(よ)り【流】に至るは音を以(もち)いる」と読みます。
これを訳すと「大多麻流別の【多】から【流】までは音読みを用います」となるでしょうか。

この注釈に従い「大多麻流別」を読むと、「おおたまるわけ」と読むことが出来ます。
なお、音読みにした箇所の漢字はあくまで読むためのもので、漢字自体に意味はありません。

【大島(おおしま)について】

よ~し、次は大島だ!...ってことでまたまたグーグルマップ。

今回貼り付けたのは「山口県の屋代嶋」です。
「大島はどうしたの?」と言われそうですが…実は「大島」って名の島は沢山あって、正確にどの島を指すのかは分からないのです。
ただここまで吉備兒嶋➩小豆島...と瀬戸内海の島々が続いているので、地理的に考えれば「大島」とは「山口県の屋代嶋」だろう。と言う訳です。

ここでも「大多麻流別(おおたまるわけ)」について考えていくわけですが…実は結構簡単なのかな?と思っています。
と言うのも「大」については上で「尊称・敬称」の意味だと言っていますし、「たまる」は「溜る」が濃厚だと思います。

つまり「大島こと大多麻流別」には「何か尊敬に値するようなものが溜まっていた島」なんじゃないでしょうか?
え?その「何かって何?」ですか??
それは…こう...何か溜まって嬉しいモノで...そう、あれはいいものだ...。

以上です<(_ _)>(⇦逃げた💦)

以上で『古事記』本文上巻⑳~国生み(7)~のご紹介はおしまいです。

次回は『古事記』本文上巻㉑~国生み(8)~をご紹介する予定です。

ここまで読んで頂きありがとうございました_(..)_
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本日のオマケ

『古事記』本文上巻⑲~国生み(6)~

こんばんは、いもみ🍠です。
本日は、『『古事記』本文上巻⑲~国生み(6)~』のご紹介です。

こんばんは、アキです。
主に翻訳と解説を担当しています。

【前回のあらすじ】
次に伊岐島(いきのしま)がお生まれになりました。
伊岐島は、またの名を天比登都柱(あまひとつはしら)とも言います。
(註:天比登都柱の【比】から【都】まで(「比登都柱」の部分の事)は音読みで読んで下さい)
(註:天比登都柱の【天】は「天(あま)」と読みます)
次に津島(つしま=対馬)がお生まれになりました。
次に佐渡島(さどのしま)がお生まれになりました。
次に大倭豐秋津島(おほやまととよあきつしま)がお生まれになりました。
大倭豐秋津島は、またの名を天御虚空豐秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)とも言います。

怒涛の国生みラッシュッ!!
日本列島がドンドン作り上げられていきます。
ファンタジーなわけですが、こういう発想が面白い!
しかも造られていく法則性みたいなものがあって(人が考えたのだからそういう傾向があるのは当たり前でしょうけど)当時の時代背景が滲み出ている所も興味深いです。...でも思うのです。
イザナギとイザナミがもう少し頑張って、それこそオーストラリア並みのどでかい島を生んでくれたなら、日本の国土も広くて良かったのになぁ~…と。


『古事記』本文上巻⑲~国生み(6)~

【原文と読み方】
【原文】
故因此八嶋 先所生謂 大八嶋國

【読み方】
故(かれ)此(こ)の八島の先(ま)ず生まれし所に因(よ)りて大八島國(おおやしまのくに)と謂(い)う

【訳】
まずこの八つの島が生まれたましたので、日本の国は大八嶋國(おおやしまのくに)と言うのです。


【解説】
故因此八嶋先所生謂 大八嶋國
一文なのですが、ちょっと読みずらかったです。
私は次のように読みました。
「故(かれ)此(こ)の八島の先(ま)ず生まれし所に因(よ)りて大八島國(おおやしまのくに)と謂(い)う」
訳は「この8つの島が先に生まれたので、日本の国は大八島國と言うんだよ」という事でしょう。

昨日も書きましたが、北海道が含まれていないのは簡単に言うと大和朝廷の勢力範囲外だからです。
古事記が完成した時代の、日本の最北端は東北の会津あたりまでの様です。

下に国生みで誕生した島々の順序や別名などをまとめてみました。

大八島國(おおやしまのくに)

淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)
➩淡路島
イザナギとイザナミが、一番最初に生んだ島です。
オノゴロ島と混同しがちですが、「オノゴロ島は2神が降り立った場所」で「淡路島が2神が一番最初に生んだ島」です。
「淡道之穂之狭別島」という名の由来については『古事記』本文上巻⑭~国生み(1)~をご覧ください<(_ _)>

伊予之二名島(いよのふたなのしま)
➩四国
【別名】は無いが、四つの顔(国)があり、それぞれに名前が付いている。
詳しくは『古事記』本文上巻⑮~国生み(2)~をご覧ください<(_ _)>
特に好字令については、時代が古事記とモロ被りなので知っておいたほうが良いと思います。

隠伎之三子島(おきのみつごのしま)
➩隠岐島
【別名】天之忍許呂別(あめのおしころわけ)
「天之」は天界に通じている意味でしょうか。
「忍」は「我慢」の意味ではなく「隠れる、目立たない」の意味もあるのでコチラではないでしょうか。
「許呂(ころ)」は音読みするだけの当て字で、漢字自体に意味はありません。
意味を持たせると「凝る」が妥当な様です。
となると、「天之忍許呂別」とは「天界に通じている目立たず動かない島」という感じでしょうか?

なお「隱伎之三子嶋」とは「島後島と、知夫里島・西ノ島・中ノ島の3島」を意味していると思います。

筑紫島(つくしのしま)
➩九州
【別名】はありませんが、肥国の呼び名だけ異様に長いです。
「筑紫」の名の由来は諸説あります。
※詳細は『古事記』本文上巻⑰~国生み(4)~をご覧ください<(_ _)>

伊伎島(いきのしま)
➩壱岐島
【別名】天比登都柱(あめのひとつばしら)
「比登都(ひとつ)」は音読みするだけの当て字なので、漢字自体に意味はありません。
「あめのひとつばしら」とは「天界に届く一本の柱」という意味でしょう。
対馬と共に、日本と大陸を結ぶ海上の要衝であったことと関係がありそうな名前ですよね。

津島(つしま)
➩対馬
【別名】天之狭手依比売(あめのさでよりひめ)
「天之」は天界に通じている意味でしょうか。
「狭手」は「さで」と読みます。
意味は分からなかったのですが『鮒を取るのに狭手網~』という文を見つけたので、どうやら「魚を取る網」のようなものを指すようです。
確信は無いのですが、海に関係する土地ですからニュアンスはあっているのでは?と考えています。

もうひとつ面白いのは対馬だけが「つしま」と読みます。
他の島々は「~のしま」というように島の前に「~の」が入ります。

佐度島(さどのしま)
➩佐渡島
詳しい説明が一切ありません。
ちなみに古事記と日本書記では国生みで生まれた島々の順番や島も少し異なっているのですが、佐渡島は両方に記載があります。
なので軽視されていると言う訳では無いと思いますが、大陸から離れており海上交通の要衝と言う訳ではないので説明が無いのでしょうか?

大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま)
➩本州
【別名】天御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)
「秋津」は「トンボ」を指すそうです。
名の由来は諸説あります。
※詳細は『古事記』本文上巻⑱~国生み(5)~をご覧ください<(_ _)>

【まとめ】

こうして大八島国を見て行きますと、
・淡路島から西の島々ばかり
・関東など東の記載が無い
・島名は島の形などを擬人化した様な名が多い
・誕生の順番は数字の語呂合わせのようになっている
など、当時は西の大陸(中国・朝鮮)を意識していたのかな?と想像できる記述になっているようです。

島の名も、島の形を擬人化している傾向があるようです。
擬人化した名に、男女の違いがあるのも興味深いですね。
どうやって「この嶋は男の名ね」とか「この嶋は女性の名でしょう」とか決めていたのかは気になる所です。
双神(男女一対)の流れがあるので、交互に名付けていたと思います。

誕生の順番についても1番目の淡路島は動かないにしても、やはり本州が最後と言うのはやはりおかしいですよね?
2番目の「伊豫之名嶋」
3番目の「隱伎之子嶋」
4番目の「筑島」※「紫(し)=
途中、数字の語呂が無いものもありますが…
8番目の「大豊秋津島」※「倭(まと)=
と、数字の語呂合わせの順番に並んでいる、という説ももっともな気がします。

さて...大八島国についてのお話はここまでにしたいと思います。

ですが、国生みのお話は実はまだ終わっていないのです!
そりゃそーだ、日本の島々は7000弱あるんだから!
8島じゃ終わらないよ~!
って訳で、次回も国生みのお話です…長いな~…。

以上で『古事記』本文上巻⑲~国生み(6)~のご紹介はおしまいです。

次回は『古事記』本文上巻⑳~国生み(7)~をご紹介する予定です。

ここまで読んで頂きありがとうございました_(..)_
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本日のオマケ

『古事記』本文上巻⑱~国生み(5)~

こんばんは、いもみ🍠です。
本日は、『『古事記』本文上巻⑱~国生み(5)~』のご紹介です。

こんばんは、アキです。
主に翻訳と解説を担当しています。

【前回のあらすじ】
そんなわけで、筑紫國(つくしのくに)は白日別(しらひわけ)と言います。
豐國(とよのくに)を豐日別(とよひわけ)と言います。
肥國(ひのくに)を建日向日豐久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)と言います。
(註:【久】自(よ)り【泥】に至るは音を以(もち)いる)
熊曾國(くまそのくに)を建日別(たけひわけ)と言います。
(註:【曾】の字は音読みで読んで下さい)

前回は九州の誕生について語られました。
この後も次々と島が生まれます。
それにしても淡々と書き綴られていくだけで、エピソード等が全く登場しません。
これは何故なのか…?
私の印象だと、【大和朝廷の勢力範囲外だったから分からなかった】ではないか?と。
正直、古事記には「この話必要か?」と首をかしげるお話も存在しています。
でもこれらの話の背景にはほぼ【統治の正当性】が絡んでいます。
逆に言えば【統治の正当性】が絡まない話は、仮に知っていたとしても書く必要が無いのでしょう。
そう考えれば【大和朝廷の勢力範囲外】に、大和朝廷の都合のいい話が転がっている訳も無く、「その土地の記載が無い=その土地は朝廷側に都合の良い話は無かったから=その土地は朝廷の勢力範囲外地域だった」という仮説も十分成り立つと思います。
こうした視点で見ていくのも面白いと思います。


『古事記』本文上巻⑱~国生み(5)~

【原文と読み方】
【原文】
次生 伊伎嶋 亦名謂 天比登都柱
(自比至都以音訓天如天)
次生 津嶋 亦名謂 天之狹手依比賣
次生 佐度嶋
次生 大倭豐秋津嶋 亦名謂 天御虛空豐秋津根別

【読み方】
次に伊岐(いきの)島を生みたまひき 亦(また)の名は天比登都柱(あめひとつはしら)と謂(い)う
(【比】自(よ)り【都】に至るは音を以いる 【天】を訓むは天(あま)の如し)
次に津島(つしま)を生みたまひき 亦(また)の名は天之狹手依比賣(あめのさでよりひめ)と謂(い)う
次に佐渡(さどの)島を生みたまひき
次に大倭豐秋津(おほやまととよあきつ)島を生みたまひき
亦(また)の名は天御虚空豐秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)と謂(い)う

【訳】
次に伊岐島(いきのしま)がお生まれになりました。
伊岐島は、またの名を天比登都柱(あまひとつはしら)とも言います。
(註:天比登都柱の【比】から【都】まで(「比登都柱」の部分の事)は音読みで読んで下さい)
(註:天比登都柱の【天】は「天(あま)」と読みます)
次に津島(つしま=対馬)がお生まれになりました。
次に佐渡島(さどのしま)がお生まれになりました。
次に大倭豐秋津島(おほやまととよあきつしま)がお生まれになりました。
大倭豐秋津島は、またの名を天御虚空豐秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)とも言います。



【解説】
今回訳は簡単です。
ちょっと難しいのは太安万侶の注釈の【天比登都柱(自比至都以音訓天如天)】の部分かな?と思います。

「天比登都柱」の読み方を説明した注釈なのですが、(自比至都以音訓天如天)を訳さなくてはこの文を読むことは出来ません。

まず「自比至都以音」は…
「【比】自(よ)り【都】に至るは音を以(もち)いる」
つまり「天比登都柱の【比】から【都】まで(「比登都柱」の部分の事)は音読みで読んで下さい」と言っているのです。

次に「訓天如天」ですが、これは初めての注釈ですね(多分...)。
これは「【天】を訓むは天(あま)の如し」だと思います。
つまり「天比登都柱の【天】は【天(あま)】と読みます」でしょう。

ですから「天比登都柱」は「【天(あま)】+【比登都の音読み(ひとつ)】で「あまひとつはしら」となります。

今回も少し疑問点があるので、下にまとめてみました。

1.島に【またの名】があったり、無かったりするのは何故なのか?

→ここまで登場した島の別称のパターンを見てみましょう。

①「比古」と男の名が付いている
②「比賣(ひめ)」と女の名が付いている
③「別(わけ)」と地方を表わす名が付いている
④太安万侶の注釈で音読みが指示されている
⑤別称が無い島もある
...です。

私の個人的な解釈で言えば...
①②は「朝廷が名を付けることが出来た」つまり「大和政権の勢力範囲内」の地域だった

③「大和政権の勢力範囲外」を「別=地方」と表現した

④太安万侶は古事記の序文で「上古之時 言意並朴 敷文構句 於字即難」➩「古い時代の言葉は、現在とは意味が異なっていたり、また既に使わなくなった言葉であったりしたので、これを文字化して区切り、文章を書くことはとても難しい」と言っています。
(※詳しくは、いもみの日記『古事記』序文㉓太安万侶からの注意点(1)「於字即難」をご覧ください<(_ _)>)
つまり「太安万侶の注釈で音読みを指示されている文字の言葉」は、「現在とは意味が異なっていたり、また既に使わなくなった言葉」のことであり、イコール【古い時代の言葉】なのでしょう。

⑤これも④と同じになるのですが、同じく序文で「或一事之内 全以訓錄」➩「また場合によっては訓読みだけを用いた文もあります」と言っています。
【音読みの指示は古代の言葉が読めない】から付いています。
という事は音読みの指示が無いのなら、そこは現代の言葉(と言っても古事記編纂の712年の頃ですが)だから注釈無くても読めるでしょ?意味分かるでしょ??の筈です。
つまり「訓読みだけを用いた文」とは【現代語の言葉】という意味でしょう。

となると、こういう仮説はいかがでしょうか?
島に【またの名】があったり、無かったりするのは、①~③で...
大和政権の勢力範囲内の場合、「またの名」がある
④⑤で...
太安万侶の注釈で音読みを指示されている文字の言葉➩古代文字だから現代人には読めない➩読めるように音読みにした➩なので古代の地名と、現代語の地名の2つがあった➩これが「またの名」だ
これの逆で...
太安万侶の注釈無し➩古代文字ではない=現在の地名と同一➩だから「またの名」が無い
※あくまで個人の感想です<(_ _)>

2.大倭豊秋津島の由来について

→大倭豊秋津島(おほやまととよあきつしま)は日本の本州の事です。
何故こういう名前になったのでしょうか?
ちなみに「秋津」というのは「トンボ」の事を指すのだそうです。

名前の由来としては諸説あり、ハッキリしていませんが次の様な説があります。
①神武天皇が国土を一望して「トンボのようだ」と言った
②本州の形がトンボが交尾している姿に似ている
③本州にトンボが多かったから

う~ん...私はシックリきません...。
「本州の形がトンボに似ている」という感想は、この時代に日本列島の形を表わす地図が出来ていて、それを見なければ分からないはずです。

私が思うに「トンボは秋に飛んでる」➩「秋は実りと収穫の季節で食べ物が年間でも多い時期だ」➩「だからトンボは豊かさの象徴だ」➩「大倭豊秋津島は【この国は秋にトンボが飛んでいる光景が見られる豊かな島だ】」...ちょっと苦しいですが、「この国は豊かな国なんだよ」と言いたいのだと思います。
だって古事記は国の歴史書だし、良いこと書いておきたいはずだ...と、裏を読んだ推理をしてみました<(_ _)>

3.国生みの順番について

古事記におけるイザナギとイザナミによる国生みの順番は以下の通りです。

①淡路島(淡道之穗之狹別嶋)
②四国(伊豫之名嶋)
③隠岐島(隱伎之子嶋)
④九州(筑嶋)
⑤壱岐島(伎嶋)
⑥対馬(津嶋)
⑦佐渡(佐度嶋)
⑧本州(大豊秋津島)

赤字で示したのは数字です。
国生みの順番は、この様に中途半端な語呂合わせの様になっているんですよね。
※「紫」=4、「伊」=5(五つのイ、です)、「倭」=8(まと)です。

ちなみに日本書記にも国生みはあるんですけど順番などは大きく異なります。

【日本書記の国生み】
①淡路島
②本州
③四国
④九州
⑤壱岐島
⑥佐渡
⑦北陸道
⑧屋代島
⑨児島半島
...です。
あれ?対馬と隠岐島は…?

この順番の差異や、島が違うのは何故なのか良く分かりませんが、古事記に対し日本書記では日本海側が登場します。
これは日本海側に強力な国家・勢力があったのかもしれません。
う~ん...例えば出雲の勢力とかに気を使ったんですかね…??

ところで北海道はどうしたの?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この時代では日本の最北端は東方地方(会津)までなんですね。

以上で『古事記』本文上巻⑱~国生み(5)~のご紹介はおしまいです。

次回は『古事記』本文上巻⑲~国生み(6)~をご紹介する予定です。

ここまで読んで頂きありがとうございました_(..)_
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本日のオマケ

『古事記』本文上巻⑰~国生み(4)~

こんばんは、いもみ🍠です。
本日は、『『古事記』本文上巻⑰~国生み(4)~』のご紹介です。

こんばんは、アキです。
主に翻訳と解説を担当しています。


【前回のあらすじ】
次に隱伎之三子嶋(おきのみつごのしま)が誕生しました。またの名前を天之忍許呂別(あめのおしころわけ)とも言います。(註:【許呂】の二字は音読みで読んで下さい)。
次に筑紫(つくしの)島がお生まれになりました。この一つの島にも、国が4つあります。そしてその国々には、それぞれ名前が付いています。

イザナギ・イザナミの国生みで日本の国土が段々出来上がっていきます。
①淡路島➩②四国➩③隠岐の島➩④筑紫(つくしの)島...という順です。
今回は④筑紫島についての説明になります。

『古事記』本文上巻⑰~国生み(4)~

【原文と読み方】
【原文】
故筑紫國 謂白日別 
豐國謂 豐日別 
肥國謂 建日向日豐久士比泥別
(自久至泥以音)
熊曾國謂 建日別
(曾字以音)

【読み方】
故(かれ)筑紫國(つくしのくに)を白日別(しらひわけ)と謂(い)う
豐國(とよのくに)を豐日別(とよひわけ)と謂(い)う
肥國(ひのくに)を建日向日豐久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)と謂(い)う
(自久至泥以音)
熊曾國(くまそのくに)を建日別(たけひわけ)と謂(い)う
(曾字以音)

【訳】
そんなわけで、筑紫國(つくしのくに)は白日別(しらひわけ)と言います。
豐國(とよのくに)を豐日別(とよひわけ)と言います。
肥國(ひのくに)を建日向日豐久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)と言います。
(註:【久】自(よ)り【泥】に至るは音を以(もち)いる)
熊曾國(くまそのくに)を建日別(たけひわけ)と言います。
(註:【曾】の字は音読みで読んで下さい)

【解説】
今回は筑紫国の呼び名の文です。
訳すにあたり難しいのは1~2カ所ですので、ここは一気に行ってしまいましょう!
原文を読めば、大体わかってしまうと思いますよ♪

故筑紫國 謂白日別
「故」は「かれ」と読みます。
意味は「こういうわけで(ゆえに)、さて、そこで」ですね。
正直「ゆえに」でも意味が通じるのでこのままでも良いと思うのですが、正確に読むなら「かれ」になると思います。
※これまで何度も出てきた「故」。
いもみの日記では統一せずに「かれ」と「ゆえに」を併用してきましたが、いもみが「統一して欲しい」とうるさいので「かれ」に統一します。
但し、私が読み易いと判断した場合「ゆえに」も使う事にします。

「筑紫國 謂白日別」は「筑紫國(つくしのくに)を白日別(しらひわけ)と謂(い)う」です。


豐國謂 豐日別
読み方は「豐國(とよのくに)を豐日別(とよひわけ)と謂(い)う」でしょう。

肥國謂 建日向日豐久士比泥別(自久至泥以音)
ここは太安万侶の注釈(自久至泥以音)を先に訳さないと、本文が読めませんのでコチラから訳します。
ここは「自」と「至」がポイントでしょうか。

まず「自」は助字で、起点・出所を表しています。
「~よ(り)」と読んで、意味は「~から、~より」で良いと思います。

次に「至」は読みも意味も「いたる」で、これはわかるのですが、この文では「自」と組み合わせて使われています。
つまり「自A至B」で「AからBに至る(まで)」という範囲を表わしています。

従って(自久至泥以音)は「【久】自(よ)り【泥】に至るは音を以(もち)いる」。
訳すと「【久】の字から【泥】の字までは音読みを用います」でしょうか。
これを踏まえて「建日向日豐久士比泥別」の「久士比泥」を音読みで「くじひね」と読みます。

ですので読み方は「肥國(ひのくに)を建日向日豐久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)と謂(い)う」ですね。


熊曾國謂 建日別(曾字以音)
ここも太安万侶の注釈(曾字以音)が付いています。
「【曾】の字は音を以(もち)いる」➩「【曾】の字は音読みで読んで下さい」ですね。

となると、読み方は「熊曾國(くまそのくに)を建日別(たけひわけ)と謂(い)う」です。
今回は特に難しい訳はありませんでしたね?

ですけど、私はいくつか疑問点などもありましたので、下にちょっとまとめてみました。


今回もグーグルマップの登場です。
【筑紫國】とは【九州のこと】です。
これを見ながら考えて行きたいと思います。

1.「筑紫」のエリアについて

→「筑紫」のエリアは定義が2つあると思います。
まずは「筑紫の国」
これは単に現在の福岡県の地域を表わしています。

この他に古事記だと「筑紫島」、日本書記だと「筑紫州」となっている場合、地域・地方としてではなく九州全体を指す意味だと思われます。

つまり、こんな感じです。
「筑紫国」→福岡県の地域を表わす
「筑紫島(筑紫州)」→九州全体を指す

2.「筑紫」の名前の由来について

この「筑紫(つくし)」の名前の由来については諸説あって、正確なことは分かりません
ただ次の様な説があります。
①荒ぶる神が命を奪った「命尽くし」説
②死者の棺を作りすぎて木が無くなった「木尽くし
筑紫神社があるから、それが地名になった説
④都から行くと、筑紫は「道の果てにある=道が尽きる所」説
⑤太宰府まで「石畳の道を築いた=築石(つくいし)」説
...などがあるようです。

個人的な意見も書かせてもらうと、「筑紫(つくし)」の「紫」の部分が気になっています。
以前もどこかで書いたと思うのですが、古代において紫の持つ意味は一言でいうと【高貴な色】です。
また皇族にも関係する色です。

筑紫国とは、かつて日本の地方行政区分だった国の一つであったそうです。
となれば【この地域(筑)に、高貴な人がいた(来た?)】若しくは「筑=築」で【高貴な人のいる建物が築かれた】なんて由来の説もアリなんじゃないかな~?と思いました。

3.国が4つなのに九州??

→古事記によると九州(筑紫)は以下の4つの国に分けられています。
①筑紫國(白日別)→福岡県
②豐國(豐日別)→福岡県東部・大分県
③肥國(建日向日豐久士比泥別)→長崎県・佐賀県・熊本県(※諸説ある)
④熊曾國(建日別)→宮崎県・鹿児島県

4つしか国が無いのに、なんで九州??というお話ですが、実はこの後律令制の成立(7世紀後半~10世紀頃)によりこの4つの国が以下の様に分割されます。
筑紫國→①筑前、②筑後
豐國→③豐前、④豐後
肥國→⑤肥前、⑥肥後
熊曾國→⑦日向、⑧大隅、⑨薩摩
...で九州です。

この「前後」ですが、都に近いほうが「前」が付く国名となっています
地図を見ると「都に近い」とは「直線距離で近い」のではなく「陸路を伝った場合近い」の意味のようです。

4.「別(わけ)」って何?

→「白日別、豐日別、建日向日豐久士比泥別、建日別」...「別(わけ)」って何?って思いませんか??
私は思います。ってことで調べてみて以下の事が分かりました。

①令制前の姓(かばね)の一つ。
②「和気」とも表記される。
③皇族が地方官として下った場合、地方領主としての称号として「別(わけ)」が使われる
...です。

ザックリ言うと「別(わけ)」とは「地方の~」といった意味であると思います。
昨日の四国、土佐の建依別(たけよりわけ)もやはり地方という事なのでしょう。

5.「建日向日豐久士比泥別」だけ長い!何故か?

まずそれぞれの国名を見ると「〇日別」と表記されています。
このうち「別」については(多分だけど)「地方」という意味であろう、と思います。
じゃあ「日」はなんだ?という所なのですが、これは「日=太陽」という意味で良いと考えています。

つまり私の考えでは...
・白日別→「太陽が照らす明るい地方」
※白い太陽=「太陽が輝く、明るい」だと思います。
・豐日別→「太陽が照らす豊かな地方」
・建日別→「太陽が照らす勇猛な種族がいる地方」
※建は「たける」=「勇猛な種族」と思います

...で、問題は「建日向日豐久士比泥別」なんですが、良く分かりませんでした💦
つーかまず「久士比泥(くじひね)」が良く分からん!

とりあえず建日別と似た「太陽が照らす勇猛な種族がいる地方」なんだろう…という結論にしました。
スイマセン...<(_ _)>

6.肥國だけ海挟んじゃってるけど…?

→上で書きましたが、「火の国こと肥國は長崎県・佐賀県・熊本県」です。
長崎県と佐賀県は陸続きの隣県だから分かるんですが、熊本県は陸続きじゃないし...こんな国の分け方ってあり得るのかな~?と思いました。

「肥前(長崎と佐賀)・肥後(熊本)に分かれた時も改められなかった」という事実が、「陸続きでなくても一つの国として認識されていた」ともいえると思いますが、何かシックリこない。
念のため、当時は陸続きだったのか?と調べてみたのですが、これもハッキリとは分かりませんでした。

結論としては…「まっ...いいか~♪」ということにしてしまいました。


以上で『古事記』本文上巻⑰~国生み(4)~のご紹介はおしまいです。

次回は『古事記』本文上巻⑱~国生み(5)~をご紹介する予定です。

ここまで読んで頂きありがとうございました_(..)_
本日のおまけは一番下にあります。

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