こんばんは、いもみ🍠です。
本日は、『『古事記』序文㉔~太安万侶からの注意点(2)「辭理叵見」~』のご紹介です。
こんばんは、アキです。
主に翻訳と解説を担当しています。
古い時代の言葉を、現在の訓読みするように書こうとしても、私にはそれを伝える適切な言葉が思い浮かびません。
音読みならば伝えることは可能でしょうけれども、漢文のまま(=訓読みのまま)読めるところまで全て音読みにしてしまいますと、今度は文字数が増えすぎて文章が長くなってしまいます。
そのため、区切りの中に音読みと訓読みを両方用いた文もありますし、また場合によっては訓読みだけを用いた文もあります。
前回に引き続き、太安万侶の編纂に当たってその表記の難しさと、どう解釈したかの注意点が語られます。
彼の愚痴(?)を訳していると、何か【同志】になった気分が味わえるのが不思議です。
『古事記』序文㉔~太安万侶からの注意点(2)「辭理叵見」~
即 辭理叵見 以注明 意况易解 更非注。
亦於姓日下 謂玖沙訶 於名帶字 謂多羅斯。
如此之類 隨本不改。
【読み方】
即(すなわ)ち辭理(じり)の見え叵(がた=難)きは、注(=註)を以って明らかにし、意況(いきょう)の解き易きは更(まったく)注(しる)さず。
また姓(かばね)の日下(くさか)に、玖沙訶(くさか)と謂ひ、名の帶(たらし=帯)の字に多羅斯(たらし)といふ。
かくの如き類(たぐい)は、本(もと)に隨(したが=随)いて改めず。
また姓名に関しては、『日下』や『帯』といった訓で読むのが難しいものであっても、これを『玖沙訶』『多羅斯』という様に音で読み易くするという事はせずに、出来るだけ原文に忠実な表記にしました。
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「辭理」は「辞理」で「じり」と読みます。
「言葉の道筋」という意味です。
「叵」は「がたし=難し」と読みます。
難しい字ですね、初めて見ました。
「出来ない」と言う感じですね。
「注」はここでは「註」「注釈」に近い意味でしょう。
「况」は「きょう=況」ですね。
「况」は「様子、有様」みたいな感じの意味です。
「易解」は「解き易い」でしょう。
「更」は調べたら副詞で「全く、まるで」という意味がありました。
直訳すると「即(すなわ)ち言葉の道筋を見つけ難(がた=叵)いのは注釈(=註)で以って明らかにし、意味の解き易いものには全く注釈にしなかった」
「言葉の道筋を見つけ難い」というのは「意味が分かりずらい」のもそうなんですが、上の文で散々「音訓の読みが難しい!」という話をしていたので「読めるか読めないか」も入れないとおかしいな、と思い「読みづらく意味が分かりにくい」と訳しました。
「ですので、読みづらく意味の分かりにくい言葉には注釈をつけて、読めばすぐ意味が分かる言葉には全く注釈をつけませんでした」と訳しました。
・亦於姓日下 謂玖沙訶 於名帶字 謂多羅斯
「亦」は読みも意味も「また(~も)」です。
「謂」は「い(う)」と読みます。
意味も「言う、述べる」です。
ここは直訳すると「亦(また)『日下(くさか)』という姓(かばね)に於いては『玖沙訶(くさか)』と言い、『帯(たらし)』という名に於いては『多羅斯(たらし)』と言う」
...「何なの、これ?」という方もいるでしょうから軽く説明します。
①まず「日下」も「帯」も読むのはかなり難しい字です。
②しかし編纂者の太安万侶としては読めるようにしたい。
③ところが当時は平仮名はまだ無い(フリガナ出来ない)。
④ならば漢字本来の意味とは違うけど、音読みの漢字を充てて読めるようにしよう(これを「借字」と言います)。
⑤『日下』は音読みの字で『玖沙訶』を、『帯』はこれも音読みの『多羅斯』という字を充てよう。
...という感じの意味なのです。
昨日の繰り返しになりますが、『古事記』の本文は「これはこのままでも読めるよな...」っていうのは訓読みでそのままにしていて、逆に「これってこのままじゃ読めないよな...」」っていうものは、別の漢字をあてがって音読みで読めるようにしてある...って認識で良いと思います。
例えば...こんなイメージです。
【焼鳥】 →「これはこのままで読めるよな...意味も分かるし音読みにしなくていいか」(訓読みで字も変えない)
【棒棒鶏】→「ボーボー鶏って読んじゃう人いるかも...漢字の意味は違うけど音読みの漢字をあてがってみんな読めるようにしよう!バンバンジーは...【蛮蛮爺】と書き記そう!」(音読みの漢字をあてがった)
※実際こんなおバカな音読みはありません<(_ _)>
直訳では言葉足らずで分かりずらいので、ここは長くなってしまうけど…
「また姓名に関しては、『日下』や『帯』といった訓で読むのが難しいものであれば、『玖沙訶』『多羅斯』というような音で読み易く」と訳しました。
この辺の音読みと訓読み、借字については昨日の記事に少しまとめていますので良かったらご覧ください<(_ _)>
imomiquest.com
さて、上記の①~⑤まではお分かりいただけましたか?
実はこの続き⑥が下にあります…フフフ...。
・如此之類 隨本不改。
「本」は「もと」ですね。
なので「隨本不改」は「改めず本(もと)に従う」となります。
ここで言う「本」とは原文の「天武天皇が稗田阿礼によませた旧辞・帝紀」でしょうから、それに「忠実に書き記しました」ってことなんだと思います。
では難しい字もありませんのでこれを直訳してみましょう。
「かくの如きの類は改めないで元のままに随った」でしょうか。
ん...?なんだ「かくの如きの類」って??
これは「上記で説明した①~⑤の類」です。
つまり、「訓(読み)で読みずらい字には、借字で字をあてがって音(読み)で読むようにしているんだけど」の類です。
しかし⑥「でも、そういうのしないから(不改)」って言っているのです。
だから「『日下』や『帯』のような姓名に関しては、『玖沙訶』『多羅斯』みたいに読み易いように字をあてがうことはしないで、そのまま『日下』『帯』で書いたからね、俺」って意味です。
ところで、ここで私は「『日下』『帯』って誰の事よ?」って疑問が出てきました。
ちなみに、ちょっと調べてみたけど良く分かりませんでした…。
『古事記』は太安万侶の個人日記ではなく、国家の歴史書なのでフィクションの人物ではないと思うのですが…きっと偉い人だったんでしょう!
考えても調べても分かんなかったので、こんな結論になりました!
そんな訳で、亦於姓日下 謂玖沙訶 於名帶字 謂多羅斯 如此之類 隨本不改は「また姓名に関しては、『日下』や『帯』といった訓で読むのが難しいものであっても、これを『玖沙訶』『多羅斯』という様に音で読み易くするという事はせずに、出来るだけ原文に忠実な表記にしました。」と訳してみました。
以上で『古事記』序文㉔~太安万侶からの注意点(2)「辭理叵見」~のご紹介はおしまいです。
次回は『古事記』序文㉕~古事記の構成(1)~をご紹介する予定です。
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ここまで読んで頂きありがとうございました_(..)_
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